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僕にとっての「教えること」

僕にとって「教えること」とは何か。今日はそんなことを書いてみたいと思います。

考えてみると、教えることは、僕にとってほとんど衝動のように思います。

いいことがあったら教えたい。その人の素晴らしいところを見つけたら教えたい。「こんないい人がいるよ」「こんな素晴らしい場所があるよ」と、伝えたくてたまらなくなる。抑えきれなくなる。そんな感じです。ただのお節介です。気をつけます。

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原体験は、「教えてもらった側」にある

これはきっと、子どもの頃の原体験が影響している気がします。

学生時代、僕はいろんな人から本当にいいものを教えてもらいました。子どもの頃は、近所の僕より年上のお兄さんたちが、ケイドロ、ドッジボール、鉄棒、なわとび、ありとあらゆる遊びのルールややり方、うまくなる方法など教わった。学生時代には部活に打ち込む面白さ、礼儀やじかにゃ規則を守るという社会のルール、こんな生き方がある、こんな人間になりたいという、人生のロールモデルのようなものも教わった。

大きくなってからは、自分の強みや魅力を教えてくれた人。自信を失いそうになっているときに、僕の価値を認めてくれた人。勉強ができなかった僕に、「こうしたらできるかもしれない」という希望になるような道ややり方、生き方を見せてくれた先輩や恩師。

たくさん教えてもらって、助けてもらって、元気にさせてもらって、時には感動させてもらった。

いろんな人に囲まれながら、教える、教わるを浴びるように日々体験し続けていく中で、僕は「教えること」が染みついた人間になったのだと思います。

頼まれてもいないのに、「あなたは素晴らしいんだよ」「あなたにはこんな魅力があるんだよ」「あなたにはこんな素晴らしい役割があると思うんですよ」と伝えたくなる。落ち込んでいる人や自信を無くしている人には特に。人と関わる中で湧き上がってくる、自分の存在価値なのか存在証明なのかわからないけれど、そういう衝動に近いものなんです。

教師として、教えたかったこと

だから学校の先生をやっていたというのも、ある意味で必然だったのかもしれません。

体育の素晴らしさ、保健の素晴らしさ、野球やスポーツの素晴らしさ、健康に生きることの素晴らしさ、何かに夢中になることの素晴らしさ、一緒に体を動かすことの素晴らしさ。

上手くなる喜び、上手くなる楽しさ、仲間と仲良くなる喜び、一緒に何かに向かって力を合わせることの面白さ。

できていたかはわからないが、そういうものを、若い子たちに教えたかったんだと思う。

教員を退職して「おしえるがっこう」という新しい教育プラットフォームを作ったときも、手探りでやっていく中で気づけたことがあります。

教えることで、人が喜んでくれる。人が成長するきっかけになる。ひとつのことを教えていこうとすると、そこに集まる人たちがつながり、触発が生まれる。そんな喜びと面白さがあるんです。

教えるとは、自分が持っている一番いいものを他者に提供すること。誰かの成長のため、誰かの喜びのため、誰かの悩みを解決するために活用できる、自分の内側から湧き出てくる発露のようなもの。僕はそういう意味合いを持っていると思っています。

いまは、世界を教えています

そして今回もまた、アフリカに出発します。

これまで66カ国を旅して、104カ国以上の人とのつながりができました。今でも毎日、世界中の誰かと連絡を取り合っています。もしかしたら、日本の人よりも世界の人たちと連絡を取ることのほうが多いかもしれません。

そういう意味で、僕の今のフェーズは「世界を教えている」に近いと思います。

「こんな素晴らしい国がありますよ」「こんな文化の違いがありますよ」「こんな人たちがいますよ」「治安はこういう感じですよ」「こんな魅力的な特産がありましたよ」「こんな観光地がありましたよ」「こんな産業、こんなビジネスがありました」「逆に、現地ではこんなことに困っています」

そんな事実を伝えるだけではありません。日本と世界、その両方を知っているからこそ、「ここと日本の企業が連携したら面白いことになりますよ」「こんなふうにしたらお互いがハッピーになるんじゃないか」という提案もできる。これも僕にとっては「教える」ことの延長です。

いろんな角度から、僕が見た世界の事実を教える。誰かの遠回りを短縮できることを教える。形は変わっても、やっていることは一貫しているのではないかと気づき、なぜか嬉しくも誇らしい気持ちになりました。

呼吸をするように、教える

僕にとって教えることは、もしかしたら呼吸をするように、息をするように行うものなのかもしれません。

こうしてブログを書くことも、音声で何かを伝えていくことも、教える行為のひとつだと思っています。

だから、無限にできる。飽きっぽい僕が、どれだけやっても嫌にならない。むしろ、やればやるほどもっと湧き出てくるし、もっと知りたくなる。いろんな世界を知りたくなるし、知らない世界に行ってみたいし、知らない出来事や人との出会いにも興味が尽きない。

もしかしたら僕という人間の特性は、この「教える」というところに、一番大事なキーワードがあるんじゃないか。

歩きながらそんなことを考えていたら、あっという間に目的地に到着しました。

という何気ない日常を、お節介にも教えてみました🌸

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