「アフリカと言えば、真崎憲二」の公式Websie制作中

尊敬、感謝と幸せの関係

幸せを感じるには、尊敬と感謝、この二つが重要な気がする。
例えば、一見、日常の生活で使う水。

あたり前の物としてしか見えない人と
その水への知識やストーリー、様々な角度から捉えたり

感じたりできる人では、同じ水を飲んだり使ったりするのでも
幸福度は大きく変わるのではないかと思う。

これは過去と今の自分を比較して気づいたのですが
水への感謝の度合い、それを提供してくれている人々や企業

その技術、テクノロジーに気づいていなかった。
だから、あたり前に思いがちだったし、水で幸福を感じることもなかった。

でも、様々な世界を経験し、水のいろんな側面を知ることで
今の僕には水がまったく違って見える。

蛇口をひねれば水が出る。
飲むこともできれば料理にも使える。
給湯器を使えばお湯も出る。
これがあたり前でないと今は確信を持ってる自分がいる。

ネパールのポカラにいた時は雨水でシャワーに浸かっていたし
タンザニアのマサイ族の村で過ごした時も雨水をシャワーで使っていた(バケツに水を入れて体を洗う)。

カンボジアやザンジバルでも、井戸水を村全体で使っていたし
アフリカのどこの国か忘れたが、かなり汚れた沼のような場所の水をバケツで汲んで
それを何キロも運んで煮沸させて料理に使っている人たちもいた。

日本の水は洗濯機やトイレのウォシュレットにも使える。
これは水がきれいだからこそできること。

海外でウォシュレットが普及しない理由の一つに
上下水道の整備の基準が低い事。

わかりやすく言えば水道の水が汚いから
粘膜部分であるお尻に水を当てることができないと聞いて納得した記憶がある。

お風呂だって、一家に一つバスタブがあり、そこに浸かる習慣があるのは
世界的に見ても圧倒的に日本だけだと思う。

ドラマでも有名になったヨーロッパの巨大浴場(テルマエ)は疫病の発生や燃料不足や
宗教的な理由もあり衰退した。北アフリカのモロッコ、チュニジア、エジプトや中東のトルコでは
社交の場、清めの場として機能していたり、ハンガリーも水着を着た混浴スタイルで公衆のスパとして楽しまれていた。韓国や中国にも湯船や温泉に浸かることは残っているが基本的に毎日の生活ではシャワーが一般的。

今回挙げたのは一部だが、それでもそういう知識や経験を通して
以前と比べて、水の見え方が僕は大きく変わった。

年間を通して雨が降り、山は豊かな自然に恵まれ、きれいな川や肥沃な大地が広がり
世界的に見ても圧倒的に水が豊富。

それをいつでも手軽に使えるように上下水道を整備してあり
提供できる環境を創り、メンテナンスしたり陰で支えてくださる方がいるからこそ使える。
大げさでもなんでもなく、なんなら命を繋ぐことにも力を貸してもらっている。

そう思ったら、尊敬や感謝が湧かないはずがない。

だからこそ、僕たちが幸せに生きるためには
尊敬と感謝が重要になると思うし、その尊敬と感謝を持つためにも

様々な体験を通して、知識や経験、その歴史や背景など
あらゆる角度から捉える教養を深めることが役立つのではないかと思う。

リベラルアーツが注目されている理由の一つは
それが人間の幸せを感じることに繋がるからではないか。
これが僕の、ただの独り言であり推察です。

ただし、僕がいつも幸せを感じているかと言えば
そう簡単ではありません。

どんな時も、どんな場面でもそう感じられる
人間でいられるよう、日々、悪戦苦闘しています(笑)🌸

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次