皆さん、こんにちは。真崎憲二でございます。今回は mazakikenji.com の記事として「経験が人を強くする」という話をしたいと思います。
人間の不安というのは、結局のところ概念であり、頭で考えることなんですよね。頭で考え始めると、不安というのはどんどんどんどん大きくなっていく。別の言い方をすると、人は「知らないこと」に対して不安を感じるんだと思うんです。
だからこそ、やってみること、実際に自分が経験してみること。それによって強くなってきた実感があるので、今日はそれについてお話をしたいと思います。
1. 不安の正体は「知らない」ということ
たとえば僕も、高校生活が不安だった時。どんな先生がいて、どんな同級生がいて、クラスメートはどんな人で、どんな教科があって……。やっぱり分からないじゃないですか。分からないから不安なんです。
だけど、実際にクラスメイトと喋ってみて「あ、こんな人なんだ」と分かってくると、不安は解消されていくと思うんですね。学校の勉強はこんなものなんだ、時間はこれくらいで、これくらいのスピードでやればいいんだ。それが分かってくると、その不安はまた消えていく。
先生方も「どんな先生なのかな、怖いのかな」と思っていたけれど、喋ってみると「あ、こういう人なんだ」と分かってくる。分かってくれば対策も取れるし、どういう関わり方をすればいいのかも見えてくる。これも全部、経験だと思うんです。
もちろん、経験することでまた新しい不安が出てくることもあります。「勉強についていけない」という不安が出てくる。でもやっていくうちに、「こういう方法にしてみようかな」「この参考書を使ってみようかな」「授業中にこういう取り組み方をしてみようかな」と、その不安にもどんどん対処できるようになってくる。
不安の正体は「知らない」ということ。知らないなかで想像して、妄想して、頭で考え始めて、「ああでもない、こうでもない」と言い始めるから、余計に不安が大きくなって、自分の足を止めてしまう。ブレーキをかけてしまう。そういうことって、往々にしてあると思うんです。
そういう意味では、これまで「やってみる」ということをやってきたのは、自分にとってすごく大きかったなと思います。
2. 経験すると、判断軸が自分になる
2つ目。経験をすると、人に流されなくなる。別の言い方をすると、他人ではなく自分で判断できるようになる。これがやっぱり大きいんじゃないかなと思うんです。
僕も、世の中の流れがよく分からない、これからの時代がどうなっていくんだろう、ということが不安で不安でしょうがない時期がありました。そういう時って、不安は消えないし、どんどん大きくなっていく。
そうすると、「誰々さんが言っているから」とそれにすがりついたり、「有名人が言っているから」「インフルエンサーが言っているから」「今注目されている人が言っているから、この人が正しいんだ、正解なんだ」と思い込みたくなる。人に頼るんです。
でも、その人を信じていったら全然違った、とか。あるいは時代が変わってしまった、とか。結局、人に振り回されて、人の判断基準で人生を生きなきゃいけない。そこには無限ループの不安がある。永遠にこの不安から抜け出せないような怖さがあったんです。
そのなかで、僕にとって大きく役立った「軸」が2つあります。ひとつは世界全体の流れ。もうひとつは現在と過去。この2つの軸がすごく役に立っていると思うんです。
たとえば、日本の世の中だけを切り取れば、経済が不安だ、物価上昇だと言っているじゃないですか。僕は世界を──もちろん全部ではありません。まだ3分の1も見ていない。知れば知るほど分からなくなるし、知らないことがたくさんあるということをまざまざと感じています。それでも、日本しか知らなかった自分と、今まで66カ国を回って100カ国以上に人の繋がりができた自分とでは、過去の自分よりは世界のことを知れるようになったんですよね。
そうなると何が起こるか。日本のことしか知らなかった僕と、世界のことを知っている僕とでは、判断基準が他人に頼らなくなるんです。
具体的に言うと、物価上昇。今、日本でも物価上昇が止まらなくなっているじゃないですか。でも、ヨーロッパでもアフリカでも南米でも、同じような物価上昇を僕は見てきたんです。アメリカでも、どんどん物価が上がっていることは知っていた。なんなら日本よりもすごい上昇率のところがいっぱいあった。俗に言う「発展途上国」と言われるような国でも、日本よりスーパーマーケットの商品が高いなんてザラにあるんです。アイスクリームが2000円、なんてものもありましたからね。
そんなことを考えたら、「日本って安いんだな」と。だから絶対に近々、日本の値段も世界基準まで上がってくるはずだ、と僕は思っていたんです。案の定、ここ最近上がってきた。これは2、3年前からずっと思っていたことなんですね。
日本しか知らずに「物価上昇、どうなるのかな」と怯えながら行くよりも、「世界全体がこういう流れになっているから、おそらく日本もこうなっていくはずだ」と推測が立てられる。自分のなかで納得ができる。
そういう部分でも、経験したことはすごく大きいなと僕は思ったんですよ。判断軸が自分になってくる。自分で決断できるようになる。他人任せで「誰々の情報」を常に聞いて、「誰々が言うから」ではなく、自分のなかに判断軸をちゃんとグリップしている。主導権を渡していない状況。これが重要なんじゃないかなと思うんですね。
3. 失敗と痛みを知っている、という強さ
失敗とか、痛みが分かるということも、僕はすごく重要だと思うんですよ。
たとえば今、台風が来ていて停電しているんですね。夜、停電しました。ロウソクをつけて。停電するとトイレの水も流せないし、水道も出なくなるので、このアパートでは風呂に水を貯めていたんですけど。
僕は海外で停電の経験なんて山ほどしているし、マサイ族の村にいた時なんて電気そのものがなかったので、電気のない生活も経験しているんですよ。その大変さを知っているから、「停電になるってこれくらいなんだな」と分かる。
夏場だったら暑いな、と。冷房も扇風機も使えないと暑いな、と。でも、風呂の水をかぶって体を冷やせばなんとか寝られるとか、窓際に行って風を浴びながらだったら寝られるとか。それでも暑くて寝られない時は、「寝られない」と割り切って、眠くなるまでとことん読書しよう、と。ずっと読書できる時間だと思って、そこを活用する。めちゃくちゃ眠くなったら寝ればいい。眠くなるまで起きて本を読んでいればいい。
そういう失敗とか、停電とか、悪条件の経験をしていることで、「失敗してもこうなんだな」と分かる。先生に叱られてもこうなんだな。誰かに迷惑をかけてしまって謝る時はこうだな。こういう対策があるな。そうするとこういう痛みがあるな、と。
もちろん、一生消えない痛みもあります。人間関係が壊れてしまうこともある。でも、最大限に誠実に謝って、それでも関係が戻らないんだったら、もう割り切って、これからの関係に生かしていく。
そういう失敗をして、痛みを伴って味わったからこそ、「あ、これくらいなんだな」と分かる。恋愛して失敗して振られたらこういう気持ちになるな、とか。結婚しようと思っていた人と別れることになったら、こういう痛みがあるんだな、とか。
それが分かると、痛みとの距離感が取れる。受け止められる。許容範囲になってくるんですね。
「若いうちの苦労は買ってでもしろ」ということわざが残っていますけど、僕はまさにそうだと思っていて、いろんな痛みとか、経験とか、失敗とか、悩み苦しみを経験すればするほど、「あ、こんなものなんだな」と分かる。
それに近いものが来た時に、「ああ、この感じね」「これくらいね」と。あるいは「これは今回きついな。でも、よし、やってやるか」と。
まったく見えないものに向かっていくよりも、過去の痛みや失敗という物差しがあることで、「よし、ここでなんとか」となれる。それは頭の概念というよりも、心とか体で「よし、なんとかやれるぞ」「なんとかしてやるぞ」と思える。そういうメンタルタフネスみたいな、フィジカルタフネスみたいなものにも繋がっていくと思うんですね。
4. 遠回りのようで、実は近道
だからこそ、やっぱり経験していくことはすごく大事なんじゃないかなと思いました。
今の世の中、なかなか失敗しにくい。これは大人も子供もそうで、そういう風潮が特に日本は強い気がします。
でも実は、経験することが、行動することが、挑戦することが、人生を生きやすくする。遠回りのようで、実は近道なんです。
しかも、その近道は強い。簡単に崩れない。ある意味、本質的な道です。遠回りのようで近道になる、大事な道なんじゃないかなという風に思います。
今回は「経験が人を強くする」というお話をさせていただきました。
ありがとうございました。少しでも誰かのお役に立てば嬉しいです🌸

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