次の世代の子供たちのために、僕たちは何を残せるだろうか。
僕が一つ、大事にしたいと思っていることがある。それは「平和」。一人でも多くの大人が、このことについて真剣に考え、行動を起こしていくこと。それが今、本当に必要なんじゃないかと思っている。
「戦争はなくならない」という諦め
今の世の中を見ていて、僕がずっと疑問に思っていることがある。ロシアとウクライナの戦争、アメリカとイランの緊張、そしてスーダンや南スーダンをはじめとする内戦。世界中で今も紛争が起き続けている。
それなのに、「戦争はなくならないものだ」とさらっと言ってしまう大人があまりにも多いように思う。こういう話をすると煙たがられる空気を感じることにも、僕はずっと違和感を覚えてきた。自分たちにとって一番大事なことのはずだし、自分の子どもや孫が戦争に行かされたり、巻き込まれたり被害者になった時、本当にただ黙って納得できるのかと思うと自分にはそれは到底できない。
これだけテクノロジーが発達し、AIが進化した時代に、なぜもっと「平和」そのものを研究し、どうすれば実現できるかを本気で考えないのだろう。子どもの頃からずっと、そう思っていた。
世界の「戦争の記憶」を訪ねて
頭で考えるだけでなく、気づけば体が動いていた。世界各地に残る戦争の記憶の場所を、これまで訪ねてきた。自分の中ではいかなければならない義務みたいなものも勝手に感じていた。
日本では、沖縄のひめゆりの塔、鹿児島の知覧特攻平和会館、広島の原爆ドーム。海外では、ポーランドのアウシュビッツ、リトアニアの杉原千畝記念館、アフリカ・ルワンダの虐殺記念館、カンボジアのポル・ポト政権時代の犠牲を伝える博物館。
そうした場所に立ち、なぜこんなことが起きたのかを自分の目で見て、感じてきた。そして気づいたのは、戦争を引き起こす人間の中にある「悪」の部分は、決して一部の特別な人間だけのものではないということだ。自分の中にも、そうした側面があるかもしれない。そう認めた上で、僕たちはもう一度、歴史から学ばなければいけないんじゃないかと思う。
一人の小さな行動が、世界を動かす
自分に何ができるのか。それはとても小さな影響かもしれない。でも、一人一人の小さな行動には、バタフライエフェクトのような力があると僕は信じている。
銃弾に倒れながらも「一本のペンは剣よりも強い」と語り、教育を訴え続けた一人の少女。非暴力の抵抗によってインドをイギリスからの独立に導いた、たった一人の人間の行動。歴史を振り返れば、一人の人間が持つ可能性は計り知れない。
だから今回、僕もこうして一つの記事を書いている。誰かに話すことでもいい。歴史を学ぶことでもいい。それぞれができることから始めればいいと思う。
買うもの、選ぶものが、平和につながっている
経済活動の視点で言えば、平和につながるような経済活動を前提にしていくこと。これは経営者や働く側だけの話ではない。僕たち一人一人の「購買行動」も同じだ。
例えば、ある企業のAIやビッグデータが軍事利用に協力している場合、それを使い続けることは間接的に戦争に加担することになる、と僕は考えている。だから僕自身は、戦争にデータ提供しているChatGptは使わない。戦争に協力していないAIサービスを選んで使っている。
これは選挙も同じだ。自分の一票、自分がどこにお金を払い、何を選んで買うか。小さなことかもしれないが、その一つ一つの選択が、実は平和につながる行動になっていると僕は思っている。
100人の輪が、200カ国に広がったら
一人一人が小さな行動を選び続けること。それが12人、100人と広がっていけば、大きな力になる。それが一つの国だけでなく、200近い国々の中で、一人また一人と広がっていったとしたら――その意味は計り知れないと思う。
次の世代にどんな世の中を残していくのか。それは僕たち大人の避けて通れない責任だと思う。
そんな思いと、自分自身への決意を込めて、この記事を書いてみた🌸

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