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ポケットがないからこそ、生まれるもの

僕が持っているズボンの中に、1枚だけポケットがついていないものがある。

デザインが気に入って買ったプーマの短パンなのだが、これがとにかく不便。物が一切入らない。おそらく陸上や長距離走など、アスリート向けに作られたもので、走る動作の邪魔にならないよう、あえてポケットをなくしているのだと思う。それでも他にはないカッコよさがあり、気に入って買った。

この不便さが、僕に面白い気づきを与えてくれた。

目次

ポケットって、すごい

長ズボンでも半ズボンでも、パジャマでさえも、大体ポケットがついている。当たり前すぎて、普段は意識すらしない。

でも、これって本当はすごいことなんじゃないか。ある意味、服のインフラみたいなものだと思ったのだ。

日本では、道路、電気、水道、下水道――こうしたインフラを当たり前のように使わせてもらっている。当たり前すぎて、その便利さをいちいち意識することはない。でも、これらがなければ生活は成り立たない。

ポケットも、同じ。もう「あって当然」のものとして、僕たちは無意識に行動している。なくなって初めて、その存在の大きさに気づく(深い。。。いや、深くない)。

当たり前の中にある、誰かの工夫

そう考えると、身の回りにはこういうものがたくさんある。

服のボタン。襟の存在。襟がよれないようにしっかり補強されている作り。素材の肌触りや、乾きやすさ。

これらはすべて、誰かが「使う人のために」考え抜いた結果、当たり前のようにそこにある。

僕たちの目の前にあって、無意識に使っているものを、もう一度見つめ直してみる。そこに気づける感性、見る目、心を大事にしていきたいと思う。

そうやって一つひとつに気づき、感謝できることが増えていくと、人との関わり方も自然と変わっていく気がする。感謝が増えて、それが良い形で循環していく――そんな人間関係や仕組みが生まれてくるのではないかと思う夏の日の今日この頃🌸

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